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「ヤクのニット手袋」商品開発の舞台裏–【AND WOOL】のニット職人さん–

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こんにちは。【AND MAGAZINE .JP:アンドマガジン】をご覧いただいている皆様、いつもありがとうございます。このマガジンでは、ファッションデザイナーの村松啓市の「半径5mの物語」を紹介しています。

村松啓市がディレクターを務めるニット専門ブランド【AND WOOL】では、手仕事によるものづくりのすばらしさを伝える活動を行なっています。そして、ものづくりの現場を担う職人の育成にも力を入れています。

今シーズン、【AND WOOL】で働くニット職人さんの提案から生まれたニットの、初の商品化が実現しました。商品開発の舞台裏について、ニット職人さんご本人のインタビューと担当スタッフの話を、この場を借りてご紹介したいと思います。

最後までご覧いただけるとうれしいです。

(※今回インタビューにご協力いただいたのは、ニット職人の吉田さんです。お仕事の合間に、オンラインでの取材にご協力いただきました。ありがとうございました。)

 

●ヤクのニット手袋の商品開発

今回ご紹介する「ヤクのニット手袋」は、昨年の秋に販売がスタートしていますが、商品開発の話が出たのは、さらにそこから約1年前の一昨年の10月のことです。

【ニット職人:吉田さん】
特に頼まれたというわけではなかったんですけど(笑)自宅の編み機を使ってウールの糸で、自分でニットグローブを作ってみたんです。それを見た西田さんが「それいいね」って言ってくださって。

編み図があるわけでもないオリジナルのニットグローブの制作に、紙に手書きの図面を描くなどして作り方を考えるところから、吉田さんは1人で取り組んでいたそうです。

スタッフの西田から、【AND WOOL】でこのニットグローブを商品化させてもらえないかと吉田さんにお願いしたところ、吉田さんが「開発をやってもいいですか?」と自ら手を挙げてくださって、商品開発がスタートすることになりました。

▼吉田さんがひとりで作り上げた最初のニットグローブ

ANDWOOLスタッフ:西田】
既存商品のアームカバーの素材がカシミヤだったので、まずはカシミヤと、それからヤクの糸でも試作品を作ってみることになりました。結局、既存商品のカシミヤのアームカバーよりも編む技術が必要だったので、商品価格などを考えて、素材はヤクにすることに決めました。

【AND WOOL】には、一番人気商品のニットストールがありますが、定番のホワイトカシミヤ100%素材の他、ヤク100%素材のストールも大変ご好評をいただいています。カシミヤよりももちっとした弾力がありカジュアルな印象もあるヤクは、人によっては「カシミヤよりも好き」というくらい人気の素材です。また、【AND WOOL】で取り扱っているヤクの糸は、モンゴルの遊牧民の方から分けていただいた、無染色(ヤク本来の毛の色そのまま)で繊維の痛みが少ない、そもそも手に入りづらくなっているヤクの糸の中でも大変上質で貴重なものです。

カシミヤのアームカバーの商品がすでにありますし、「ヤク素材のグローブもあったら、きっと喜んでくれるお客様がいるのでは?」と思い素材をヤクに決めたということも、もう1つの理由としてありました。

糸を決めてから、何度も試作品を製作して試行錯誤を繰り返すこと、約半年。

ANDWOOLスタッフ:西田】
吉田さんが作ってくださった最初の試作品をもとにして、まずはサイズ感やデザイン感が同じになるように、グローブを作るところから始めました。その上で、少しずつ細かい部分を相談しながら変えていきました。例えば、端のところがヒラヒラしないようにリブ編みにしようとか、指を入れるところはフィット感を出すためにもう少し長くしようとか、使っていくうちに変形してしまわないように指の先のところにもリブ編みを入れようとか。ほんの些細なポイントですが、吉田さんはいろいろなことに気づいて「こうしたほうがいいんじゃないか?」と提案してくれるので、ほんとに少しずつ少しずつ何回も何回も、試行錯誤を繰り返して作っていった感じです。

▼グローブの先端と親指の先に入れることにしたリブ編み

【ニット職人:吉田さん】
私が作った最初の試作品の素材はウールでしたし、使った編み機も私の自宅にある【AND WOOL】とは別のメーカーのものでした。違う素材を違う編み機で再現するには、またゼロから、ゲージを取るところからやらなければなりません。

▼調整を繰り返しながら何度も作り直した試作品

ニット製品は、作る素材や道具の影響でサイズ感が大きく変わってしまうので、最初の試作品を再現するだけでもなかなか大変です。さらに【AND WOOL】の製品は、最終段階で洗いと乾燥を繰り返し独自の方法で仕上げているので、そこまでの加工が完了しないとどうなるかわかりません。「ここちょっと変えたいよね」と気軽に1ヶ所だけ変えることがなかなか難しく、1つの試作品を作るにもたくさんの時間がかかります。

吉田さんは普段、セーターなどのオーダー品を製造するお仕事もされている、技術の高いニット職人さんです。そのお仕事の合間をぬって商品開発に取り組むことは、大変骨の折れることだっただろうなと思います。

そのような工程を経て、現在販売されている形が完成しました。

 

●ニットの商品開発の難しさ

この記事をご覧くださっている方の中には、趣味で編み物を楽しまれている方もたくさんいらっしゃると思います。基本的に編み物は、自由な発想で柔軟にいろいろな形を作り上げて楽しめるところがすばらしいと、私たちも思っています。しかし、ニットブランドとしての商品開発は、それとは少し違っています。

【村松】
ニットの商品開発では、「デザイン」と「作り方」を考える作業を同時進行でやらなければならないので、慣れていないとなかなか難しいものです。ブランドの商品にするためには、デザインだけではなく、作業効率や製造コストを考慮に入れて、ベストなバランスで折り合いをつけられるポイントを、開発しながら見つけていかなければなりません。

【ニット職人:吉田さん】
そもそも私がニットグローブを作ろうと思った最初のきっかけは、既存商品のカシミヤのアームカバーの、指の穴の「伏せ」と「剥ぎ」の作業が難しく、個体差が出やすいことでした。「違うやり方でできないのかな……」と考えて、自分で一度作ってみたのが、最初に紹介したウールのニットグローブの試作品です。

ANDWOOLスタッフ:西田】
【AND WOOL】では「伏せ」や「剥ぎ」の作業も、基本的にはすべて手作業で行なっています。人の手で作ることで生まれる「やさしさ・やわらかさ・あたたかさ」があるものの、どうしても作る人の手加減で「きつい・ゆるい」が出てきてしまいます。個体差によるB品が出やすいことは、私たちがずっと抱えている課題でもあります。「B品をできるだけ無くしたい」ということも、今回の商品開発の経緯としてありました。

ブランドとして商品を市場に出す以上、規格を揃えることはどうしても必要なことです。商品にして売るために「個体差が出にくい作りかたを考える」ことは、商品開発の段階での重要なポイントになります。さらに、【AND WOOL】のニット製品は基本的に天然の素材を使用して作られています。人間の髪質が1人1人違うように、そもそも個体差が強く出る素材です。それを1人1人手加減の異なる人が手作業で作るとなると、規格を揃えることは非常に難しくなります。

▼今回のニット手袋とは指の形が違うカシミヤのアームカバー

 

●職人を育てる活動

今、私たちを取り巻くアパレル業界の環境は、急速に変化しています。ものづくりの現場では高齢化・後継者不足が進み、高い技術をもった担い手が年々減少し続けています。「このままでは私たちの思うような製品づくりができなくなってしまうのではないか……」ブランドの運営と並行して職人の育成に取り組むことは、私たちにとって必要不可欠なことだと考えています。

【AND WOOL】の立ち上げ当初から、少しずつ活動を続けてきましたが、高い技術をもつ職人の育成には時間がかかるものです。自分達の活動がいつになったら芽を出すのかわからないまま続けてきた中で、今回、ニット職人さん初の商品化が叶ったことを本当にうれしく思っています。

ANDWOOLスタッフ:西田】
ずっと、こんなふうに一緒に考えたり作ったりしながら、ニット職人さんたちと商品開発をやりたいと思っていましたが、やっぱりそこまでの技術になるには時間がかかります。作図ができたり手編みができたり、商品開発にはいろいろな要素が必要なので、なかなか難しいだろうなと思っていました。そんな中で、吉田さんは技術がどんどん向上していって、今回のニット手袋をぜひお任せしたいと思いました。

▼吉田さんが手書きで作った作業工程の図面

吉田さんも以前から「商品開発をやりたい」という気持ちがあったそうで、少しずつ簡単なサイズ変更やオーダー品の企画や図面の制作をしてくれていました。

【ニット職人:吉田さん】
ゆくゆくは、最初から全部作れるようになったらいいなと思っていました。ただ、ここで働き始めるまで、編み機に触ったこともなかったので。子供が生まれてからやるようになったんですけど、「上手にできないから完成したことがない」という感じでした。ここで編み機をやるようになってから、手編みもやり始めたくらいでした。

まったくの初心者だった吉田さんが、ここまで技術が向上した背景には、ご本人のコツコツと積み重ねた努力があったと思います。でも吉田さんは、「楽しいから」だと言います。

【ニット職人:吉田さん】
楽しいんですよ(笑)もともとものづくりの仕事はやりたかったんですけど、やり遂げる力がなかったので無理かなとずっと思っていて。でも、ここではわからないこともすぐ教えてもらえますし、完成したものがすぐに見られる環境です。できたものがどんどん売れていくのを見て、「わあ、すごいなあ」と思っていました。そういう動きがわかることがすごくよかったんだと思います。モチベーションにつながったと思います。

【村松】
吉田さんは、私が【AND WOOL】を立ち上げた当初から、ここに来てブランドを手伝ってくれている方です。私が運営しているファッションブランド【muuc:ムーク】が名前を改名する前の、【everlasting sprout:エヴァーラスティングスプラウト】として活動している頃から、お洋服の制作を手伝ったりもしてくれていました。そろそろ、来年の秋冬に向けた商品に取り組まなければならない時期にきています。吉田さんの技術の向上を、とても心強く感じています。次のシーズンに向けて、まだ何も決まっていないのですが、また一緒にいろいろな挑戦ができればいいと思います。




こちらの記事でご紹介した「ヤクのニット手袋」は【AND WOOL】公式ショップでご購入いただけます。ご興味のある方は、ぜひどうぞ。
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手編み機で編んだヤクのニット手袋

 

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