羊の顔が見えるニットを作る

column

こんにちは。私たちは、静岡県島田市の茶畑に囲まれた山間に、アトリエ兼ショップを構えている【AND WOOL:アンドウール】というニットブランドです。連載「羊と暮らし」は、普段扱っている毛糸がどのように生まれるのか、【AND WOOL】のスタッフたちが素材の大元でもある「羊」と触れ合うことで学んでいる様子を公開したいと思い、スタートしました。

一昨年から新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けまして、思うように牧場や生産・製造現場、勉強会などにも参加することができず、しばらくの間この連載も休止しなければならない状況になっていました。楽しみに読んでくださっていた皆様には、大変申し訳ありませんでした。

実は今回、さまざまなご縁がつながったこともあり、連載「羊と暮らし」を再開できることになりました。今日は改めて休止に至った経緯と、連載再開に対する私たちの想いをお伝えできればと思います。

 

●私たちがこの連載を通してやりたいこと

【AND WOOL】というブランドは、ディレクターを務めるファッションデザイナーの村松啓市が、ニット専門のセカンドブランドとして立ち上げたところから始まっています。

アパレルの業界内では常識になっていることですが、1着のお洋服を作る作業工程は、裁断や縫製、ボタン1つ、ファスナー1本付けるところまで分業されているため、「何をどこで誰が作っているのか?」を把握することは、ほぼ不可能になっています。

ファーマーズマーケットで作り手である農家さんが「顔の見える野菜」を売るように、お洋服もすべての作業工程を素材まで遡ることができる状態でお客様に届けることができないか……そのような想いをブランドの立ち上げ当初から私たちはもっていました。

そんな中、私たちのアトリエ近くに、羊を毛刈りして糸紡ぎを行っている小さな牧場があると聞き、その牧場さんにご協力いただいて「羊の顔が見えるニット」作りを紹介しようと動き出したのが、この連載でした。

 

●牧場さんのご協力もあり連載がスタート

前回、前々回の記事でご紹介したように、私たちは一昨年5月にアトリエ近くの牧場さんで「羊の毛刈り体験」をしてきました。

その翌々月には、刈った毛のごみ取り作業を、スタッフみんなで行いました。羊の毛にはかなりの量の脂が付着していて、手作業で地道にごみを取っていく作業はとても大変でした。普段、私たちが使用するウール糸は、製品の状態にきれいに紡績されたものですので、貴重な経験ができたと感じました。

ここまでが、これまでの連載でご紹介した内容です。

 

●コロナウイルス感染拡大の影響で取り組みがストップ

ごみを取り除いてきれいになった羊毛を、その年の夏に愛知県の工場さんにご協力いただいて、機械で洗って染色する作業を体験させてもらえることになっていました。その予定が新型コロナウイルスの影響で度重って延期になり、終息が見えない中、この連載も休止しなければならない状況になりました。

「羊の顔が見えるニット」を作ることは諦めきれないものの、実際に羊の毛まで遡ることができるニット製品の製造は、日本国内ではほぼ不可能に近いことでした。

そもそも国産羊毛の市場は、日本では20年前になくなってしまっています。羊の毛を洗うための薬剤による環境汚染の問題などから、日本国内で羊毛を洗うことができなくなったためです。私たちのブランドでも、高品質なウール糸としてニュージーランド 産の「メリノウール」の糸を使用していますが、これは値段に対する品質が非常に高い糸です。

下の写真は【AND WOOL】の製品「手編み機で編んだメリノウールのストール」です。ニュージーランドのマウントクック周辺の山岳地帯のみで飼育されているファインメリノウールの中から、超極細ウールを選りすぐった「SUPER ZEA」と呼ばれる糸を使用しています。機能性の高い糸に私たちの独自の加工を施すことで、非常になめらかな肌触りで、軽くてあたたかい製品に仕上げています。

このような品質の高い海外の糸を大量に輸入することが可能な中、国産ウールが市場に復活することは、この20年ありませんでした。

私たちが国内で「羊の顔が見えるニット」を製造することは、今回のようなご縁がない限りかなり難しいことで、この取り組みはこれ以上進めることは無理だと思っていました。

 

●「羊の顔が見えるニットを作る」ことに再挑戦

私たちにとっては「奇跡的なご縁」と言っていいほどの話が、今年の2月に突然飛び込んできました。それは、現在「国産羊毛を復活させよう!」というプロジェクトが動き始めているというお話でした。

日本中の羊牧場では、毎年春になると羊の毛刈りが必ず行われています。これは2000年以上前、人間が羊毛をとるために毛刈りを行うようになったことから始まっているそうです。人間が毛刈りを行うようになったことで羊は自ら脱毛することがなくなりました。しかし、毛が長く伸びたままでは体温調節がうまくできなくなったり害虫が発生したりして、羊は死んでしまうことがあります。そのため、人間の手による毛刈りが必要になったのだそうです。

しかし、国産羊毛は先程ご紹介したように今は活用の場がありません。そのまま廃棄している牧場さんも多いはずです。脂が大量に付着している羊の毛は、燃やすにも大量のエネルギーを使います。さらに、国産羊毛が活かせないまま海外からの輸入品に頼ることは、エネルギーコストの観点からも非常に環境負荷が大きく、世界中で進む「持続可能」の流れとは逆行する動きのはずです。

日本国内で国産のウール糸が製造されていた20年前、その現場に携わっていた世代の方たちは、まだ染色や紡績の業界にいらっしゃいます。現場を知っている人たちが引退してしまってからでは遅いと、「国産ウール」の復活に立ち上がった人たちが「ジャパンウールプロジェクト」をスタートさせました。

「ジャパンウールプロジェクトから生まれた国産ウールの糸で、製品を作ってくれませんか?」というお話をいただき、早速その糸を見せてもらいながら、私たちは商品開発に取り組みました。

そして2022年4月、その糸が実際にどこからやってくるのか、現場の牧場を見学させていただき、羊たちにも会うことができました。

そして「羊の顔が見えるニット」が完成しました。

これからこの連載で「羊の顔」から「ニット」ができるまでを、ご紹介していきたいと思います。今回、この連載を再開できることになったのは、たくさんのご縁とたくさんの方のご協力があったおかげです。この場を借りて関係者の皆様にお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございます。

引き続き、楽しみにご覧いただければうれしいです。どうぞよろしくお願い致します。

 

撮影協力:世界のめん羊館(北海道士別市)
ボーヤ・ファーム(北海道中川郡)
ヤギーズファーム(静岡県藤枝市)

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